ちよっとお茶しませんか? 〜気ままなコラム♪〜
帰ってきたおばあさん
神田さち子さんという方のひとり芝居を観る機会にめぐまれた。
戦争中に開拓団として満州に渡るが家族との別れ、中国人との結婚、文化大革命による投獄・・・ボロボロになり死の誘惑と闘いながらギリギリのところで生きてきた実在の女性のお話。決して特別な女性ではなく、ただ戦争にほんろうされた 60 年間を必死で生きてきた方の波乱万丈の人生をお芝居としたもの。
このひたすら暗くて悲惨な重いお話を 1 時間半ひとりで演じられる神田さん。今日の公演が 189 回めという。20年に及ぶ各地の公演で何人の人を感動させてこられたのだろう。
最初に舞台に登場されたときは 80 歳のおばあさん役で、次に袖から再登場されたときは 20 歳の女性。それが全然不自然でなく私も舞台といっしょに 60 年を経験したわけだが、何回涙し、何回笑ったか・・・。こんなに引き込まれたのは初めてかもしれない。いつの間にか私はお芝居を観ているのではなく、戦中戦後大変な思いをして生きてきたひとりのおばあさんから身の上話を伺っている感覚になっていた。
「帰ってきたおばあさん」は実は日本人のとてもみじかなところにあるお話なのだ。どこか他人事ですまされる話ではないと感じた。会場を埋め尽くしていた観客の誰もが自分の中に引き継がれている戦争体験の DNA に触れたに違いない。だから笑う場面は一緒でも涙する場面は皆少しずつ違っていたような気がする。
正面から戦争を批判しているのではないけれど、からだの奥底から戦争はイヤだ、と声を嗄らして泣き、叫んでいる声なき声が聞こえてくるようなお芝居だった。
悲惨な内容なのにお芝居はテンポよく時々笑わせてくれながらすすむ。演じる神田さんの人柄なのかあんなに辛い人生であるはずなのに最後に残ったものは暗さではなく強さだった。戦後 70 年を様々な行事で振り返った 2015 年だが、経済や産業の驚異的な発展の歴史と並行してこんな 70 年を送られてきた方々がたくさんいらっしゃることも忘れてはいけない。
今年も残すところあとわずか、と数えるようになったが、 70 年という節目の年に観ることができて本当に良かった。